映画『ジョンスン』、ただ“おばさん”に過ぎなかった中年女性が自分の名前を取り戻す物語
2024年04月10日
地方小都市の食品会社の工場で働く中年女性ジョンスン(キム・クムスン)は、平凡な “おばさん”だ。夫を亡くした彼女は、娘のユジン(ユン・クムソンア)と二人きりで暮らしている。
工場の若い職員たちは、彼女の名前である“ジョンスン”を呼ぶことがない。彼らにとってジョンスンはただの普通名詞 “おばさん”に過ぎないからだ。工場のおばさんたちの中の一人、それがジョンスンだ。
ジョンスンはこれを少しも嫌だと思わず、当然のように受け入れる。そうするうちにとんでもない事件に遭い、自分の人生を総体的に振り返ることになる。
チョン・ジヘ監督の新作『ジョンスン(原題:정순)』は中年の女性労働者ジョンスンがデジタル性犯罪の被害者になり、もがきながら自分の人生の主体として目を開く話だ。
『ジョンスン』の美徳は、韓国社会の多数を占めながらも、なかなか注目されない人々の日常をのぞき見することにある。
他の映画とは異なり、輝くソウルの真ん中の美男美女ではなく、静かな地方小都市で自分の名前ではなく“おばさん”や“おじさん”と呼ばれる平凡な人々にカメラを向ける。
話が繰り広げられる空間も工場の生産ラインと更衣室、薄暗いモーテルの部屋、ジョンスンの小さなアパートといった場所だ。
ジョンスンが工場に新しく入ってきたヨンス(チョ・ヒョヌ)をはじめとする同僚たちと、休日に登山をし、終わったら会食をするシーンからも見て取れるように、“おばさん”と“おじさん”たちの些細な言葉と行動、その下に隠された感情にも注目する。
労働者を一人の人格として扱わない、労働現場の現実も見逃さない。
若い作業班長ドユン(キム・チェヨンジュン)は、年上のジョンスンにそれとなくタメ口を使い、取引先の社長が工場を訪問する日には大騒ぎしながら、彼に会ったら90度に腰を曲げてあいさつするよう労働者たちに指示する。
何も変わらなさそうに見えたジョンスンの日常は、デジタル性犯罪の事件で一気に崩れ落ちる。
ジョンスンが、絶対的に自分の味方である娘のユジンに、「私のことなのに、なぜあなたが対処するのか」と絶叫するシーンは、彼女が自分の人生の主体として生まれ変わる陣痛の瞬間のように見える。
ジョンスンが工場に戻って誰の言葉にも従わずに自分のやり方で行動する姿は、これ以上“おばさん”ではなくジョンスンとして生きることを宣言するようで深い響きを残す。
俳優キム・クムスンの優れた演技が観客の視線をとらえる。
映画『ベイビー・ブローカー』(2022)、『非常宣言』(2022)、『スリープ』(2023)やドラマ作品などで助演を務め、“シーンスティーラー”として強烈な印象を残したキム・クムスンは、主演作である『蔚山(ウルサン)の星(原題:울산의 별)』(2024)で「第27回釜山国際映画祭』の今年の俳優賞を受賞した。
ユン・クムソンア、チョ・ヒョヌ、キム・チェヨンジュンのアンサンブルも高く評価できる。ユン・クムソンアは、キム・クムスンと実の母娘なのではと思わせるほどリアルに演じる。
『ジョンスン』は、チョン監督の長編デビュー作だ。チョン監督は『Good Girl』(2017)、『Selling Blood』(2018)、『Vertigo』(2019)などの短編でも韓国社会の弱者たちに注目した。
『ジョンスン』は、「第23回全州国際映画祭」の韓国コンペティション部門の大賞を受賞し、作品性を認められた。海外でも注目され、「第17回ローマ国際映画祭」では、審査委員大賞と女優主演賞を受賞した。
映画『ジョンスン』は韓国で17日に公開され、上映時間は104分、年齢制限は15歳以上観覧可だ。